そらになりかけ

音楽と生き方について話してます。

明日死ぬとして今日を生きろってハードル高くない?

どうも、ガンモです。

 

「今日を後悔のないものに。明日死ぬとして今日自分は何をしたいか。」みたいな言葉ってよく聞きますよね。

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かのスティーブ・ジョブスもあるスピーチで

「その日1日を人生最後の日だと思って過ごせ」という言葉に出会った。その言葉は深く印象に残り、以来33年間、毎朝鏡を見て自分自身に問いかけた。「もし今日が人生最後の日だったとしたら、今日しようとしていることを私はしたいだろうか?」その答えが、何日も続けて ”No” だった時にはいつも、何か変えるべきことがあると知ることができた。

と言っています。まあこれは本当にそうするって言うよりも

本当に自分に価値のあることをしっかり見極めて日々を生きろよ

ぐらいの意味でしょうけど。

 

そうじゃなかったら僕は1日1日をすごい過ごし方をすることになってしまいます。

 

全裸で歩道に寝転んでみたいし、風俗に行きまくりたいし、高級な肉をたらふく食いたいし、美しい景色を見て1日を過ごしたい。

しかし現実問題、金銭的にも空間的にも時間的にも1日では不可能。

 

もう少し小さいスケールで見ても、今日死ぬとしたら美味しいご飯をたくさん食べたいけどあと30年生きるなら太りたくない〜みたいな感じですかね。

 

人は本当にいつ死ぬかなんて分からないのでわりとやりたいことはやるべきかなーって基本的には思います。

一時間後にふらっと車にひかれちゃうかもしれないですしね。

 

でもできないことなんて圧倒的に多いし、「死ぬまでにやりたいことリスト」を作ってもなんか違う気がします。人の欲望にはキリが無いので。 

ならばどう生きるのがいいんだろう

だから僕は「いかに理想通りに進まない人生を、完璧でない自分を受け入れるか」が大事かなーと思っています。ありきたりですけどね。

 

僕は背も高くないし、顔も良くないし、頭も多少はいい(という自負がある)けどそれでも凡人の域だし、肌は汚いし、彼女ができたこともない。

.......書いてて悲しくなってきました。でもそれを

「しょうがないか。まぁいっか。」

って受け入れるようにしています。

僕以外僕じゃないので、僕が自分を嫌いになるのは、僕がかわいそうですよね。

これはある友人に相談した時に言われた言葉ですけどね。「自己嫌悪は自分がかわいそうだよ」ってね。良い友人だ。

 

でも時々結構きついときもあります。

歩くのが辛いほどの自己嫌悪の渦に飲まれることがあります。

そんな時は僕は好きな音楽を聴きます。

大爆音で聴きます。

歌詞に集中していると、結構緩和するんですよ。皆さんも試してみてください。

しょうがない=魔法の言葉?

僕は「しょうがないか」って考えがわりと好きなんです。

死を受け入れたわけではないです。ダメな自分を変えようとしないわけでもない。

人は必ず死ぬし、いつ死ぬかわからないから、心残りがたくさんあるのも「しょうがない」んじゃないかなって思いです。

大なり小なり後悔って死ぬ時に残るんじゃないですかねぇ。

”ポジティブに”諦めています。

全部そこにあると思いたい

だから、”今”のすべてに感謝して、満足して生きていきたいのです。

確かに僕は全く理想通りの自分ではないけれど、雨風をしのいでくれる家もあるし、しばらく生きていけるだけのお金も、ご飯に誘ってくれる心を許せる友人もいる。

上を見ればきりがないけど、横を見たら結構色々あるもんなんですね。

 

日本は犯罪も少ないし、財布を落としても中身を抜かれずに帰ってくる。

夏は暑いし冬は寒いけれど、四季の美しさはいつも変わらない。

上を見れば空がある。

太陽は今日も地球を照らしてくれている。

息ができる。

血液が体中を巡っている。

生きている。 

人生は素晴らしい。

みたいな。

 

ゆっくり何もせずにただ座って目を閉じていると、たまにそんな精神状態になることがあります。その時の脳内の幸福感、充足感は半端ないです。瞑想状態ってこういうことなんですかね。

まとめ

つまりは

「明日死ぬとしても、考えても仕方ないんだから世界の美しさに目を向けてみよう」

って感じになるんですかね。わからなくなってきました。誰か助けてくれ。

 

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www.kyoumoiitenki.site

 

ここまで読んでくれてありがとうございます。ではまたっ!