そらになりかけ

音楽と生き方について話してます。

どこかで今も誰かが死んでいるけど僕たちのご飯は今日も美味しい

どうも、ガンモです。

平等ってないんだなーって心から思います。

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僕たちは幸せなのか

日本に生まれた時点で僕たちは途方も無いほど幸福であるというのはよく聞く話です。

確かにそうです。

食べ物はあるし、最低限の生活は保障されている。

日本で生きていて餓死するのは難しいことです。

 

じゃあ生きていればいいってことなのかと言えば、そんなことはないです。

だって周りには優れた人がいて、比べて、自己嫌悪で、最悪な気持ちになるから。

最悪な気持ちで生き続けて、死んで、後悔がないなんてことは絶対にないでしょう。

「生きていればいいことある」ってじゃあその前の辛いことはいつ来るかわからない曖昧な「いいこと」を期待して耐え続けるしかないんでしょうか。

 

生きていることには困らないから幸せなんでしょうか。

少なくとも僕は今自分が幸せに生きているとは思えません。

周りと比べてしまう。

自分よりお金がある人。

自分より身長がある人。

自分より顔がいい人。

社会的地位、学力、その他たくさんの生きる上でのステータス。

上を見たらきりがない。

下を見てもきりがないんですがね。

 

そんなことはわかってても、こんな近くに比べるものがあって、それを羨みもせずに、満足して、幸せを感じて生きるなんてすんごい難しい。

 

どこかで誰かが今も死んでいる 

この現実はあって、でもなにもできなくて。

どうするべきなのか。

自分本位なだけではいけないのでしょうか。

所詮、世界の裏のことは自分に関係ないと大半の人が思っている。

今この瞬間も何人もの人が死んでいても。

 

それは本当にたまたま自分に関係ない人たちなだけで、いつか自分も必ず死ぬし、友達も、親も、いつか絶対別れがやってくる。

そう。それが今日、ここじゃなかっただけで。

本当に人の死なんてあっけなく、どこにでもある現実。

 

でもやっぱりそれは自分には関係ないことが大半で、僕たちは今日も美味しいご飯を食べている。

だから僕たちは幸福なのか?

 

 

僕は今日も生きた。

いつも通り生きた。

 

ご飯は美味しかったし友達と楽しく話したし布団は暖かかった。

でもそれは当たり前のようで当たり前じゃない。

奇跡のようで奇跡じゃない。

運命のようで運命じゃない。

 

それを確かめる方法なんてないから。

この瞬間は一回しかないから、別パターンなんてないから。

 

明日には死んでしまうかもしれない。

今日隣にいた人があっけなくいなくなるかもしれない。

”どこか”が”ここ”になるだけ。

”自分の知らない誰か”が”自分の知ってる誰か”になるだけ。

ただの座標の違い。

 

僕らが今日ここまで生きていたのは本当にただの偶然です。

まぁ偶然か運命かなんて関係ないですね。

 

僕は無力だ

なにもできない。

自分に関わらない人のためにお金を使えるだろうか。

使える人もいる。使えない人もいる。

 

多分僕は使わない人。

だって僕は自分が大事だから。

僕は自分のことしか考えてない。

他者のためにしていることは、そんな自分が好きだから。

最低な人間だ。

 

生まれてから、満足に食事もできず、やせ細って死んでいく人たちがたくさんたくさんたくさんいる。

 

それについてどう向き合ったらいいんでしょうか。

目をそらす。寄付する。気にしない。関係ないって顔をする。

そのうちどれが正しくてどれが間違ってるかなんて誰が決められましょうか。

誰も決められないです。

 

どうでもいいんです。

僕は正直誰がどこで死のうが本当に近くの大切な人が元気ならどうでもいいです。

自分のことしか考えてない。

知らんぷりしてグダッと1日を過ごしてます。

 

例えば僕がどこかで理不尽に死んで行く側の人間だったとして、僕は今日どう思って1日を過ごすのだろうって考えた時、

お腹が空いて空いて仕方なくて、生きているのが辛くて、早く死んでしまいたいと思うのでしょうか。

ただ眠るのでしょうか。

一滴の水に心を潤すのでしょうか。

どこかでなんの不自由もなく暮らしている人を憎むのだろうか。

ありあまる富を自分に分け与えてくれと渇望し、絶望するのだろうか。

そして次の朝は来ないのだろうか。

 

 

僕たちは絶対絶対絶対絶対絶対平等じゃない。

生まれた時点でもうどうしようもなく地球上には埋められないほどの差がある。

もっと上にいきたい。上がどこかなんてわからないけど。承認欲求の塊。

 

まず生きることが困難な人が山ほどいても、僕は認められたくて精一杯。

欲求のステージが根本的に違うという話です。

このどうしようもない差を僕は解消したい、と少しは思う。

でもそのためには人生はあまりに短い。

あぁ

美味しいご飯が食べたいなぁ

 

幸福の絶対値

いくら自分が幸せだと言い聞かせても、やっぱり比べることは止められないです。

世界に一人だけ人になって、生きていたとして、その時僕は幸せを感じることができるのでしょうか。

幸せの形を求めることがとても大事なんでしょうね。

 

僕はものづくりが好きで、音楽が好きで、美味しい食べ物が好き。

あとは心を許せる少しの友人がいて欲しい。

と、思いたいだけかもしれない。

 

皆さんの幸せはなんですか。

 

まとめ

僕は無力で、どうしようもない人間だけど、幸せになりたい。

幸せになる権利は全員にあるとかどこかで読んだ。

権利があるないは知らんけど、自己満足して生きていくことが一番大事だなって、最近、思います。

 

今日も、いい天気