そらになりかけ

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【RADWIMPS】「五月の蝿」は究極のラブソングであるって話【解釈と感想】

どうも、ガンモです。

RADWIMPSの中でも「五月の蝿」は異色の存在感を放っていますね。

 

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今回はその意味を僕の感想も交えながら解説っぽいことをしていきます。

 

正直最初に聴いた時は「気持ち悪い…怖い…」と思ってしまいました。

だって「君の腑で縄跳びする」って普通にやばいでしょ。

 

でも僕はやっと最近になってこの歌の意味をわかったんです。

簡潔に言えばこれは

「憎しみという歪んだ愛を歌った曲」

だったのです。

攻撃的なギターと尖った歌詞で強く歌っています。

 

解説と感想

歌詞を引用しながら、それがどういう意味なのかをざっくり書いていきます。

僕は君を許さないよ 何があっても許さないよ

君が襲われ身ぐるみ剥がされ 

レイプされポイッてされ途方にくれたとて

その横を満面の笑みで 

スキップでもしながら 鼻歌口ずさむんだ

僕は君を許さない 

もう許さない もう許さないから

最初からとんでもない歌詞です。いきなりレイプされてる。

 

この「僕は君を許さないよ」はこれから何度も何度も出てくるフレーズです。

それほど「僕」は「君」を憎んでいるのでしょう。

ここで何が言いたいのかと考えると

君がどんなひどい目に会おうと僕は絶対に許さないし助けない

と言う強いメッセージです。

 

「僕」は野田さんでしょうか。

「君」はかつて付き合っていたか、少なくとも肉体的関係のあった女性でしょう。

交際していたけれど何らかのきっかけで別れてしまったか、離れていった女性を指して「絶対に許さない」とここまで恨んでいるのだと推測できます。

 

哀しみや憂いの影の 一つも宿さず

かわいいと謂れ慣れて 醜く腐ったその表情

もうフォークを突き立てたいよ

あぁ死体 死体になった君を見たい

「君」はとても美しい女性だったのでしょう。

ずっと愛され、ちやほやされて育ってきて悲しみを知らないような表情で生きている「君」。

そんな君の美しい顔面にフォークを突き立てて壊してしまいたい。それほどに憎み、恨んでいる。

手を下して殺してしまいたいとは言っていないのがポイントだと思います。

あくまで、殺されて欲しい。死んでしまってくれ、と思っているんです。

 

己が醜さ恥じて 髑髏を垂れ

名前より先にごめんなさい を口癖に今日まで

手合わせ生きてきたのに バカみたい

「僕」は非常に自分を醜い存在だと思っていて、周りに気を使い、人を恐れて生きていたのでしょう。

だからこそ自信に満ち溢れ、愛され、輝いて生きている「君」の存在がどうしようもなく尊く、どうしようもなく憎いのでしょう。

 

君を見てると まるで自分が

世界一汚れなき者に 思えてきたりもするんですが

生憎そんな遠回りせずとも 僕は僕を大事にできるから

もういらないよ

「君ほど美しく、そして醜い人を見ていると、まだ自分が純粋な存在に思える。

美しさにかまけて、頼って、愛されて生きてきた君がとんでもなく憎い。

でももう僕は君を憎まないでも、自分を愛せるようになったよ。

だから君なんてもういらない。」

と、思ってるというよりは、僕はこれは自分にそう言い聞かせることで納得しようとしてるように思えるんです。

 

 

君の罪裁く法律はない 

あぁなんて世界だ 代わりに僕が罰してあげましょ

なんて言うかよバカ 

君のやったことは決して法に触れるようなことではない。

でも僕は君を許さない。

絶対に許さない。

罰することもしない。

罪の意識もなく生きて生きて、最後に自分のしでかしたことの愚かさに気づいて死んで欲しい。

「罰することもしない」というのは残酷なことですね。

罪を罰することで、その罪が許されるようなことがあってはいけない。

それほどに憎んでいることがわかります。

 

君にあげた僕の言葉たちよ 成仏せよ

その体に解き放った 愛しの僕の精液を

お願いよ 取り返したいの

かわいそう かわいそうで泣きそう  

愛していた君にあげた言葉も精液も全てなかったことにして返して欲しい。

それほど今は君が憎くて仕方ない。

君のような醜い人の中にあっては僕のそれらが可哀想で仕方ない。

 

空が蒼いように 華が散るように

君が嫌い 他に説明は不可

ただひたすらに、理屈抜きに君が嫌いである。 

絶対に許さない

 

君が主演の 映画の中で

僕はそう 最強最悪の悪役

 

ここから少しづつ風向きが変わっていきます。 

これまでの流れなら

”「僕」が主演の映画の中で

「君」はそう 最強最悪の悪役”

が妥当じゃないでしょうか?

自分の人生においてここまで憎んでいる人は自分の中での悪役に違いないでしょう。

しかし、「僕が君の悪役である」と歌っているのです。

ここから見えるのは

「僕も君に絶望を与えることができる存在である」

ということです。

もしくは与えたい。君を傷つけられるような存在でありたいと願っているのでしょう。 

 

絶望の果てにやっと辿り着いた

僕にもできた 絶対的な存在

こうやって人は生きていくんでしょう

生まれて初めての宗教が君です 

そうなんです。ここまで読んでくれた方はお分かりでしょうが、

「僕」は「君」を心から愛していたのです。

「宗教が君」と言えるほどに、心酔して、愛していた絶対的な存在であった。

絶対的に愛していたからこそ別れた時の憎しみもこの上なく強い。

何があったのかはわかりませんが、その「君」との仲はなんらかの理由で引き裂かれたのでしょう。

 

 

君の愛する我が子が いつか物心つくとこう言って喚き出すんだ

「お母さんねぇなんで私を産んだのよ」

「お母さんの子になんて産まれなきゃよかった」

「お母さんの子になんて産まれなきゃよかった」

「お母さんの子になんて産まれなきゃよかった」

そこへ僕が颯爽と現れて 両の腕で彼女をそっと抱きしめるんだ

君は何も悪くない 悪くないよ 悪くないから

「君の愛する我が子」というのは「僕」との間にできた子供なのか、非常に解釈が難しいんですが、僕は「僕と別れた後にできた君の子供」だと思っています。

 

たぶん「君」は美しさと気の強さでたくさんの人に愛されて、そして悪気なくたくさんの人を裏切って来たのでしょう。

 

俗にいうビッチってやつなんでしょうか。君の美しさと強さはたくさんの人を惹きつけ、愛されていた。

「僕」もそんな中の一人だった。「君」も一時ではあるが僕を愛してくれていた。

しかし「君」は去って行った。「僕」を独り残して。

 

そんなことを繰り返して、望まずにできてしまった「君」の子供は幸せになれなかった。

家庭が崩れていたのでしょう。

だから子供は

「お母さんの子になんて産まれなきゃよかった」

と喚くのです。

そして「僕」は「彼女」=「君」の子供

をそっと抱きしめて「君は悪くない」というのです。

この裏には

「悪いのは全部君のお母さんなんだよ」

という意味が込められているように感じます。

 

徹底して「君が悪い」「君を許さない」という意思が歌詞が綴られています。

 

整理すると…

・「僕は君を許さない」

=君が僕を置いて、離れて行ったことを許せない、絶対に許したくない。

・それは「僕」が深く深く、宗教のように「君」を愛していたから

・だから裏切られた「君」を僕は許さないし、どんなひどい目にあっていようと助けなどしない。

・これほどの憎しみを込めて「君」を想うのは、やっぱりとてつもなく「君」を愛しているから。

 

と、なると思います。

 

まとめ

これほどまでに自己中心的に、「愛」という言葉を使わずに唄ったラブソングが他にあるのでしょうか。

 

僕もこれに似たような思いをしたので、この歌が今大好きになったのです。

 

「愛する人が自分といてくれた喜び」と「離れた行った時の喪失感」は、本当に言葉にできないですよね。

泣いても泣いても、考えないようにしてもふと襲ってくる悲しみと喪失感。

潰されてしまいそうになる。吐いても止まらない哀しみ。

 

こんな気持ちになるくらいなら、今、どこかで僕じゃない誰かといる君なんて死んでしまえばいい。

僕は本当にそう思ってしまいました。 

 

それはやっぱりその人を愛していたからですね。

「愛の反対は無関心」とはよく言ったものです 。

これほどに憎んでいるのは、やっぱりまだ愛しているから。

そして君が戻ってこないことがわかっているから、ですね。

それをここまでに攻撃的な言葉で歌ったこの「五月の蝿」は、究極のラブソングなんだと、僕は思うんです。

 

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ここまで読んでくれてありがとうございます。ではまたっ!