そらになりかけ

音楽と生き方について話してます。

【反出生主義】「子供が欲しい」ってのはどう考えてもエゴだと思った話

最近辛すぎて、色々考えていたら反出生主義になってました。

 

どうも、ガンモ(@hibikore_Ganmo)です。

 

あなたは子供が欲しいですか?いらないですか?

また、その理由はなぜですか?  

少しだけ、「命」について考えてみませんか?

 

 

今回は

「反出生主義ってなに?」

ってとこから、どうして僕がそう思い始めたかとかを書こうかと思います。

 

  

「反出生主義」とは?

まずそもそもそれなに?って話なんですが、一言で言うと

「この悲しい世界にもうこれ以上命を生み出す必要はない」

と言う思想を掲げるものです。

つまりは「緩やかな人類滅亡」をも目指しています。

 

人生には悲しいことだけではない、なんて事は、わかっています。

僕もちゃんと楽しい思いもして生きてきました。

山あり谷ありです。

 

しかし、あなたは

「辛い、死にたい」

と、一瞬でも思ったことがないと胸を張って言えますか?

 

「自分の子供は絶対幸せで、悲しい思いなんて1秒もさせない」

と、胸を張って言えますか?

 

言えないから、僕は子供を作ってはいけないって思うんです。

 

 

 

なんでそう考えるようになったのか

積み上げてきた努力が、やっとつかんだと思ったら、その途端に全て崩れ落ちました。

何度も泣きました。

いくら考えて、立ち直ろうとしても、すぐに悲しみの深い深い水底に沈み帰ってこれなくなりました。

その時、

「こんな悲しい思いをするなら、産まれてこなければよかった」

と強く思いました。

 

そして

「新たな命が生まれたら、こんな悲しみを味わうかもしれない」

「そんな事はあってはいけない」

という過程を経て,いろいろ調べていたらこの”反出生主義”に出会ったのです。 

 

生命を世に生み出すということの途方もなさ

「人を生む」って、すんごく怖い事だと思うんです。

今自分が認識している世界、この美しくもあり、醜くもあり、悲しくて楽しい世界。

それを認識する新たな命を自分でつくる。意識が遠のくような途方もなさです。

 

人格とは世界だとおもいます。

人、脳とはそれぞれの世界です。

 

人間は他人との意識を共有できないから、どこまで行っても自分の世界には自分しかいません。

一人です。

 

怖いです。

怖くて仕方がないです。

「怖い」と言うのは少し違う気もするんですが、この気持ちに一番近いのは「怖い」だと思ったのでそう続けますが。

 

世界を生み出すのです。

セックスして、卵子が受精をすることで、子供はできます。

それが一つの人格として動く。

怖すぎる。

 

僕はずっとそう思っています。

人は悲しくなるし、嬉しくもなる。

しかし、完璧な人生は送れないです。

 

万人に共通する”完璧な人生”などないのですから。

 

 

「完璧」にはなり得ないから子供をつくるべきではない

悲しい思い、辛い思い、失敗をしない。

そんな完璧な人生はないです。

 

 

育て方に絶対的な正解なんて、ないでしょう。

同じ人間などいないのですから。

 

完璧に幸せな人間は,おそらくあり得ません。

だからこそ私は、人は緩やかに絶滅するべきだと思っているのです。

 

「産んだ子供を200%幸せにできる確信が300%ある」

それくらいの覚悟が、子供をつくるには必要だと思っているのですが、それは成し得ないので、やっぱりダメなんです。

 

 

僕はソコソコの人生を送ってきたと思ってます。

友達はいたし、長い付き合いもある。遊びに誘ってくれる人もいる。

女性との交際経験はないが、童貞ではないです。

 

言いたいのは「楽しいことあるならいいじゃん」って言う簡単な話ではない,ってことなんです。

 

 

 

辛いこともあるから子供をつくるべきではない

清濁織り交ぜて、悪いところもあるからこその人生なのでしょうか。

 

山があるなら谷もあり、苦しみの果ての喜びは素晴らしいものでもあります。

しかしそれは決して永遠には続かないです。

 

「千年続く幸福を」とはよく言ったものです。

手にした喜びを失うことはとてつもなく怖く、虚しい。

丁寧に生きて、花を添えて、音楽を聴いていれば、私は幸せでしょうか。

「自分の幸せを定義してそれだけを求めて生きること」

すら簡単ではないのです。

 

「生まれてこなければよかった」

ってのと

「死にたい」

ってのは、大きく違うと思います。

人間は、生まれれば、意識を持ってしまえば、悲しいことが起こるんです。

感じるんです。

僕はそれが悲しくて仕方ないんです。

 

 

せっかく生まれてどうせ死ぬのに、楽しいことの前には悲しいことがあって、がんばらないためにはがんばらなきゃいけなくて、すごく工夫して、物事を続けないと成果は実らない。知識を得るための知識がいるし、ぼーっとしてたらなんとなくすぐ死んでしまう。

これを虚しいと呼ばずに、なんと呼べばいいのかわかりません。

ただ悲観的なだけなのでしょうか。

 

 

私自身は生まれてきたことについてはまだなんとも言えません。

ただ、僕はせっかく生まれたから、楽しく生きたいです。

悲しく生きたくなんてありません。

 

そう思っていても、どうもうまくいかなくて、何回も

「生まれてこなければよかった」

と泣きました。

 

悲しくて、虚しくて、辛い。

誰しもそんな夜があると思います。

 

 

だから僕は、何度も言うように、そんな思いをする人をもうこの世に送り出したくない。

あらゆる生命は、なくなっていいと思っています。

だって、悲しいから。

 

喜びの前に悲しみがあるなら、生まれる必要はない。

「悲しみがない」それだけで、プラスなんです。

 

そう、思いませんか?

 

自殺願望とは少し違う

自殺を推奨する訳では断じてないです。

 

私はとてつもなく死ぬのが怖いから。

自分が消えるなんて、怖くて仕方がない。

床に伏せ、死期を悟るなんて、想像するだけで泣きそうになる。

二度とこの世界に帰ってこれないなんて、怖くて仕方がない。

死ぬなら、死を全く考えていない、一番楽しい時に全くの痛みもなく瞬時に消してほしい。

 

人が眠るのは明日が来るからです。

明日、目覚めるからです。 

 

 

どこかの貧民街に生まれることに比べれば、日本に生まれただけでも十分なのでしょう。

しかし、だからと言って私は人生の全てを肯定できないんです。

 

 

「子供が欲しい」の理由はエゴでは?

僕は「子供が欲しい」っていうのはどこまで行ってもエゴだと思うんです。

例えば、

「子供が好きだから」

「子孫を残したいから」

「赤ちゃんは可愛いから」

「自分の子をその手に抱きたいから」

 

他にもあるかもしれませんが、こんなところでしょうか。

 

これって、エゴですよね?

自分のためじゃなく子供を作る人はいるのでしょうか?

 

「生まれてきた子供が2億%幸せになる」

それくらいの確信と覚悟をもたないで一つの生命体を創ると言うのは、とんでもなく無責任なことだと思うんです。

 

 

一つ言いたいのは僕自身は両親に対してマイナスなことは思っていません。

「よくも産みやがって」

なんて思っていません。

良くしてくれています。

ちゃんと生きれています。

こんなことを考えるようになっちゃったけど、そこそこで生きています。

 

 

子供の人生をぜんぶ管理することなんてできないんです。

「ここでこうしてこんな人とこんな風にあってこうして生きたら幸せだよ!」

って言えますか?

言えないですよね。

 

仮にそんな正解ルートがあったとしても、それで得た幸せも当人にとって幸せかはわからない。 

 

学校で、自分が知らないどこかで我が子が途方も無い悪意に触れるかもしれない。

いじめられるかもしれない。

 

「かもしれない」が溢れているんです。もちろんいい方向にも。

でも、自分の子供が絶対幸せになれるかなんて保証はどこにもないのです。

 

 

まとめ 

結局僕は、よーく、よーーーく、よーーーーーーく考えてから子供を作って欲しいと思っているんです。

価値観は人それぞれだから、反出生主義を押し付けるつもりはないんです。

 

それでも、悲しい思いをするかもしれないとか、健康な体に産まれないかもしれないとか、ちゃんと考えて欲しいなって思います。

 

それでも

「愛する人との子供が欲しい」

と言う、シンプルな本能にはかないませんね。

反論できないです。するつもりも、無いんですけどね。

 

 

ここまで読んでくれてありがとうございます。ではまたっ!