そらになりかけ

音楽と生き方について話してます。

「くだらない、意味不明なガチャ」が本当に大好きで愛おしい。

デパートで、ゲームセンターで、はたまた駅で。

色々なところに「ガチャ」がある。

ソーシャルゲームのガチャではなく、お金を入れて、ハンドルをガチャっと回して、カプセルが出てくる昔ながらやつだ。

 

 

これは、「ミニチュアスナイパー」というパンダの穴から出てるガチャだ。

好きすぎる。かわいすぎる。 

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キャラクターもの、ミニチュア、可愛い動物系、ストラップ、近年はコップの縁系がはやっている。

 

私はその中でも、「完全に用途不明のくだらなすぎるガチャ」が大好きなのだ。

 

「校庭にめり込んでるタイヤ」

「氷河期の僧侶」

「お魚ポーチ」

 

他にもいろいろあるのだが、そこらへんが大好きだ。

なんなのだろうか。

本当に好きだ。大好きだ。

 

かわいい動物のミニチュア、とは少し違うのだ。

なんか、コンセプトがはっきりしすぎている。そこが好きだ。

ホームぺージや、インタビューを見ればわかる。

 

下が、「氷河期の僧侶」についてのインタビューだ。

 

これとか、読んでるだけで笑えてくる。

「誰かの記憶に残るすごい三振をさせて欲しい」

とか、かっこよすぎじゃないか?なんだ?すごいぞ、本当に。

そんなかっこいい言葉、ある?

 

 

本当に意味がわからない。

なんで僧侶を凍らせようとしたんだ。

なんで氷河期に、僧侶が、凍りながら、修行をしているんだ。

意味が、わからない。

 

そんなわけのわからないことを、情熱をもってやり続けているところに、心を動かされる。

 

 

なんだろうなあ、好きだなあ。

 

 

思えば、私は小さい頃からこういうガチャが大好きだった。

 

出かけて、ガチャコーナーがあれば必ず見漁り、なんか面白いのはないかな、と探していた。

 

好きで好きで、気づかないうちに続続けていたこと。

それが「おもしろい、くだらないガチャを見つけること」だった。

 

 

世界の余裕?みたいなのを感じる。
必要に迫られ、需要を捉え、効率を考え、「絶対性」に疲れるような世界。
そんな世界だからこそ、私はこういう
「どうしようもないほど意味がわからないガチャ」
に心を惹かれるのだと思う。
 
 
好きなことに全力、とか、どうでもいいこと一所懸命、が強い時代と一部では言われている。
 
そんな、世界の転換期だからこそ、このような「意味のある無駄」を尊重して、愛していきたいと思ったのだった。